北方領土の日
~2月7日~

北方領土とは

北海道北方海域にある 歯舞群島(はぼまいぐんとう)色丹島 (しこたんとう)国後島(くなしりとう)択捉島(えとろふとう)の四つの島のことを言います

 総面積5000キロ平方メートル(千葉県相当の広さ)で周辺海域には水産資源が豊富です

 

北方領土は元々日本の領土であり 多くの日本人が生活していました

しかし先の大戦の終戦間際にソ連が無法に占拠しました これまで歴代の内閣が返還を求めて交渉してきましたが 未だに返還されるに至っていません 昨年暮れ 安倍総理大臣とプーチン大統領の会談がなされましたが  何の進展もありませんでした

ロシアはこの北方領土に 北海道を射程内に収める最新鋭のミサイルを配備  北方領土を自国の領土として防衛力を強化する姿勢を鮮明にしています

 北方領土がロシア領となった経緯

ヤルタ会談

大東亜戦争で日本の敗色が濃くなった昭和20年2月4日から ソ連領内ヤルタ(クリミア半島南端の保養地) においてアメリカのルーズベルト大統領 イギリスのチャーチル首相  ソ連のスターリン首相の三者会談がが行われました

   ルーズベルトはソ連に対日参戦を望み その見帰りとしてスターリンの望む日本の領土である千島列島を 引き渡すと約束

   ソ連が対日参戦する日は 日本の同盟国ドイツが降伏後 準備期間を とって3か月後と決定(ドイツは5月7日に降伏)

ソ連の侵入

 8月8日(広島原爆登投下から2日後)ソ連は昭和18年4月に結ばれた「日ソ中立条約」を 一方的に破棄し  日本に宣戦布告 翌9日ソ連軍が当時日本が支配していた満州~北方領土に侵入  9月5日までに 多くの日本人を虐殺 婦女を凌辱 多くの日本人を捕虜として自国に連行・抑留しました

 

 ロシア側の主張する「北方領土は第二次世界大戦で合法的に自国領になった」のではありません  連合国と戦い 疲労困憊している日本の後方から 不意に袈裟切りして 強奪したようなものです

 北方4島の元住民は 現在6500人(終戦当時から10000人減)平均年齢81,5歳です  先祖が眠っているふるさとへ帰られる日を強く望んでおられます

 

 日本人としてはこの歴史的な事実をしっかりと認識し 堂々とそして諦めることなく  自国の領土返還を求め続けなけらばなりません 外務省 政府の強腰の交渉が必要です

                 -平29・2・7-