武士道について       スペインにおける講演

◇挨拶◇

日本から参りました 平田です。
このような機会を頂いた事を感謝致します。

日本では今年3月11日、未曾有の大地震と大津波、そしてこれに伴う原子力発電所の破壊で死者と行方不明者1万6000人余という極めて大きな被害を受けました。
その直後から御国から心温まるご支援と激励を頂きました事に対し心から厚く御礼申し上げます。 
被災地では今なお行方不明の方が4000人もおられます。自宅に帰れない方も多く、放射能の被害も今なお続いていますが皆様のご支援のお陰で これに挫けること無く歯を食いしばり復興に向けて頑張っています。

◇生い立ち◇

私事 先祖は平田将監から数えて17代目になります。
将監は宮本武蔵の祖父にあたり城主の剣術師範でした。
500年後に私が生まれました。 姉、兄、妹、弟の真ん中でした。既に武士の階級はありませんでしたが父は武士そのものの人でした。
母は父に従順で子供には優しく時には厳しい母でした。
決して豊かではありませんでしたが地域の指導者的立場にあり尊敬されていました。
日の出前に起床し朝日に向かって日本の平和を祈願した後に仏壇の前で読経して家族が現在存在している事を先祖に感謝する事が一日の始まりでした。
食事は家族揃って父が箸を持ってから食事が始まるのが習わしでした。
父が事ある毎に私たち兄弟に言っていた事は
● お前達には宮本武蔵と同じ血が流れている この事を忘れてはならない
● 元気よく自分から先に挨拶しなさい
● 名前を呼ばれたら「はい!!」と元気よく返事をしなさい
● 人に親切にされたら「ありがとうございます」と言いなさい
● 履物を脱いだならば 外側に向けて揃えて置きなさい
● 腰骨を立てなさい
● 約束は絶対に守るべし
● 嘘をついてはいけない
● 弱音は絶対に吐かない
● 卑しい事をしてはいけない
● 正しい事を貫く為には 相手がいくら強くとも退いてはならない
● 弱いものには優しくしなさい
  という教えの元に育ちました 「勉強をしなさい」とは一度も言われませんでした。

母は父に同調し優しく見守ってくれていました。
特に私は兄弟の中で異質の腕白者でしたから毎日のように学校の先生や近所から苦情がありましたがその都度母は盾になってくれました。
しかし、一度仏壇の前で尻に敷かれて背中にお灸をすえられた事を覚えています。
その理由は覚えていません
私が成人した時、母から「お前が子供の頃、人の物を盗んだり女の子にいたずらしたりするような破廉恥な事をしたらお前を殺して自分も死ぬ気でいた」と言われた時に母の深い愛と母もまた父と同じく武士道に生きて来た方だということをしみじみと思い知らされました。

剣道を始めたのは10歳の時でした。剣道には武士道精神が脈打っていました。 

18歳の時 三段になりました。

◇警視庁警察官となる◇

警視庁警察官になったのは 
世の為 人の為 正義を実現する事ができるため
警察に武士道精神が生きているため
特技の剣道が生かされるため
同じ警察官になるならば 首都東京で我が命を輝かせたい
思いでした。

40年の警察人生の中で命の危険に晒されたことは何度もありました。
剣道のお陰でこれを凌ぐことができましたが、その都度「職に殉ずる事こそ本望である」との覚悟はできていました。

犯罪捜査の仕事を20年しました。主として殺人、強盗、強姦、放火、人質立てこもり、誘拐等の事件を捜査しました為、不自然な死体を1000体以上見分しています。
腐乱死体、バラバラ死体、コンクリート詰め死体、焼死体等を見分しますと人の生死につ いて真剣に考えられます。笑ったり、怒ったり、泣いたり 喜んだりしていた人が眼前では単なる物体になっているのです。
そしてこの物体となっている人には親、兄弟姉妹、子供、愛する人等その人の死を悲しむ人々がいっぱいいます。(時には喜んでいる人がいるかもしれませんが、、、、、、)
ベッドの上、畳の上で死を迎える事がいかに幸せな事であるかということを実感しました。

犯罪捜査の過程においては大臣、大学教授、医師、会社員、会社社長、役員からホームレスに至る迄、あらゆる各界各層の人と接します。
凶悪事件の捜査の対象となるわけですから捜査官と接する時は皆身分、肩書き等を外した生身の人間を晒す事になり話す内容は総てが本音です。
社会的に高い地位にいる人の中には寂しい人、卑しい人、軽蔑されるような人もいます。家も仕事も無いような人であっても命が輝いている人が多くいることにも気ずかされました。
このような事から人としてこの世に生を受けた意義、生き甲斐について考えさせられます。 そして幸せに満足して死ぬ為には立派な生き方をする事、立派に生きてこそ納得して死を迎える事ができるのではないでしょうか
この「立派に生きる」とは畢竟、武士道を行じて生きる事であると考えています。

◇武士道とは◇

◯ 日本人の伝統的道徳規範
◯ 雄々しく高尚な生き方の行動哲学

日本には1200年頃から1867年迄「武士」という階級(身分)が存在していました。
農業、工業、商業をする事無く彼らより社会的に高い身分でした。
使命は主君の為に命を懸けて尽くす事です(忠義)。「侍」という言葉はこのことに由来しています。
使命を果たす為には知的、肉体的に強くなくてはなりません。従って古今聖賢の書を読み、聖賢から学ぶと共に剣術、柔術、槍術、弓術、馬術、水練等の武術に励みました。この事を文武両道に励むと言います。
武術の中で剣術は最も重要であり、一生懸命修業しました。何故ならば、武士は常時腰に刀を帯びていましたから何かあった時すぐにこれを活用する事が出来たからです。
文武両道に励むのと同じように武士になくてはならないものがあります。 それは 
社会的に身分の高い地位にある者らしい高貴な精神を保持する。ということです
その中で最も大切なものは「義」と「勇」 「仁」 「誠」 「礼」 「名誉」 です。
「義」とは 神の道を歩む 人としての正しい道を歩むこと
「勇」とは 勇気 義を実現する為に 命を懸けて行動すること 
「仁」とは 慈悲 他者に対する憐れみの心 寛容の心
「誠」とは 誠実 
「礼」とは 他者を敬う心
「名誉」とは 個人の尊厳

これらの徳目を貫く為に武士は日常の行動の中で
● 命を懸けて主君(現在では公のため)に尽くす
● 約束は命を懸けて守る?武士に二言は無い?
● 損得勘定をしない
● いかに苦しくとも 平然としている
● 饒舌を慎む
● 卑怯な事は絶対にしない
● 弱者を慈しむ
等々その根底には進んで自分を犠牲にし潔く命を捧げるその覚悟がありました。このことによって武士に武士らしい気品が備わりました。

「武士」という階級は1867年に無くなり国民は総て平等の世の中になりましたが武士道精神は武士ではない国民の中にも広く浸透していました。

1894年?1895年の中国との戦争(日清戦争)
1904年?1905年のロシアとの戦争(日露戦争)
で小国の日本が 日本の数倍もある大国に勝ったのは日本人が一丸となり武士道精神で戦ったからです。
1945年、日本は第二次世界大戦で敗北しましたが今の日本が今日あるのはやはり日本人の中に不撓不屈の武士道精神が生きていたからです。

この度の東日本の大災害の時にも大地震の発生直後
海岸に人がいるを発見してパトカーで向かう途中津波にさらわれた警察官
マイクで住民に避難を呼びかけ続け逃げ遅れた役場の女性職員
海沿いの水門を閉鎖しようとして津波に飲まれた消防団員  
等 自らを犠牲にして多くの人々を救った日本人は限りなくいます。 
原子力発電所の事故で放射能の拡散を防ぐ為に献身的に貢献した自衛官2名、警察官2名、消防官1名計5名が「福島の英雄」として讃えられ、国際社会で権威ある「スペイン皇太子賞」が去る10月21日オビエド市で贈られましたことに日本人の一人として感謝申しあげます。
武士道精神は今なお日本人の中に脈打っています。

現在、日本は元気がなくなっています。私は日本協会17代会長として武士道精神をもって日本が「凛とした国」「世界から尊敬されるような国」にすべく全力を尽くします。
スペインの皆様のご協力とご支援を心から感謝申し上げます。 
ありがとうございます。